実は、公開当初は「押井守監督だし、空中戦が凄そうだし、絶対観なきゃ!」と鼻息をフンガフンガしてたわけですが。
公開してすぐは混むだろうし、ちょっと時間あけていっかーなんて思ってる内にすっかり忘却の彼方へと消え去ってたところ、ポニョ観にいったので思い出した次第。
ていうかそこで今週で終わるってのを観て、あわてて観に行った次第。
というより、今週で終わるってわかっても、当初に感じてた情熱大陸も葉加瀬太郎もなくなってて、「どーっすっぺかなー」とすっかり倦怠感に支配されてたので、まぁとりあえずパンフレットだけでも買って読んでみっかと思ったら、パンフレットがかなり面白かったので「これは絶対観にいかねばならんとですよ、おっかさん」となったワケです。(・∀・)
で、子供のまま老化しない謎の存在キルドレ、恒久的平和の中でのショーとしての戦争、凄そうなレシプロ戦闘機同士の空中戦などをワクテカしながら観に行ったわけですが。
うーん、普通だなーと。
中だるみが激しいですね。 途中で寝そうになりました。(´∀`)
パンフでは「押井守監督作品の中で初めて寝ないで観れました!」とか感想で書いてたりしたのに反対になるとは。
キルドレ達の日常(娯楽にふけったり、ぼんやりしてたり)⇒ちょっと空を飛ぶシーン⇒また日常ってのが延々と中盤を支配していたのでワンパターンな感じがしてダルい。
横の席でポテトその他をむしゃむしゃ食べてらした方が、その辺りでスースー寝息を立ててたのは気のせいです。
しかし偏見でしょうけど、ご飯代わりになる様な物を食べながら映画を観るって、物食ってたら映像に集中してないだろうし、映像に集中してたら食い物の味なんてわからんだろうし、結局どっちつかずな感じがするのはどうなんでしょうね。
どーでもいい暇つぶし映画だったらアリかもしれませんが。
ちなみにポテトの君は、レシプロ機エンジンの爆音で目が覚め、ポテトを食す作業に戻られました。
それはともかく。
うむー、音響を考えての意図的なものらしいですが、全体的に同じカット内でキャラクターだけが動くシーンが多く、動作やセリフの間も長いので、画面が止まってる感じを受けて、それが静けさと退屈さを助長させる原因か。
事前にパンフレットを熟読してて、あのシーンのあれにはこういう意味が込められているっていうのをわかってて、ちょっと楽しめた僕でも退屈だったので、知らない人にはかなりのものだったんじゃないでしょうか。
この辺りが、押井監督が言う「毎日がループしている気がして生きている実感がない日常」みたいなものを表現しようとした結果であれば成功してますが、観ている方は眠いです。(´∀`)
あと、「繊細で深い男女の愛情を表現している」みたいな事をパンフに書かれてましたが、うーん、そこまでのものはないかなーって。
二人だけでだまって心を通わせてる様な静かな描写はあったものの、そんなに愛情うんぬんは感じなかったっす。
パンフに書かれていた様な抑えた情熱、自然と惹かれあう二人、みたいな描写が思ってたより薄かったからかな。('~')
つか、単純に二人の愛情表現薄くね? セリフは少ないけど、行間を読め的なものでしょうが、間をすっ飛ばして深い関係になってる気が。
しかし、映画始まってすぐの空中戦は、撃墜されて脱出するパイロットを撃ち殺したりとエグいし、途中の爆撃機をともなった大規模な作戦は見ごたえがあります。
地上のシーンと空中シーンでは質感がまったく別物だったり。 戦闘機の質感がかなりのもの。
戦闘機の微妙な動作や、計器類の動きにまでこだわってるそうです。
さらにポテト君を起こしたレシプロ機のエンジン音を映画館の音響で聞くと大迫力だし、音関係も、例えばワイングラスを机に置いた時にグラスを机に置いた音と、かすかにワイングラスが鳴る音がしたりとかなり細かいこだわりが見えます。
ただラストの空中戦はあっけなさすぎっすね。
ティーチャー機、最強すぎる。
転生しまくってんだったら、ティーチャー機を撃墜できる技術培っててもおかしくないのになー。
エンドロールの後に転生した主人公が配属されて、終わりのないストーリーっていう意味合いではあれでいいんでしょうけど、なんか微妙にスッキリしない。
もちっと戦闘シーンを引き延ばして、ボロボロになりながらも運命に立ち向かうっていう決意と悲壮感を見せても良かったのではと思うわけで。('~')
ショーとしての戦争が具体的にどうやって行われているのかとか、水素とティーチャーの関係とか、キルドレという存在とか、詳しい説明を意図的に外したのかもしれませんが、説明不足でそこんところもモヤモヤ。
映画はあくまで主人公と水素のストーリーなんで、そんな部分は小説読んでね!ってところか。
しかし逆にそういう背景描写が薄いから、主人公達の置かれている状況や悲哀がわかりにくいんじゃないかなぁと。
うーん、パンフレットでワクワクして観に行きましたが、実際の映像ではパンフで書かれている様なことはほとんど感じなかったですね。
そのイメージの落差がアレなんすかね。
ただぼんやりしている男がビジネスとしての戦争で空を飛び、それなりに複雑な人間関係で恋愛をしている、それなりに苦悩している、という感じを受けるだけで、押井守監督が伝えたいと思っていた「生きている意味、静かだけれど確かな真実の希望」っていう重く、深いメッセージは感じなかった。
キルドレ=生きる意味の感じられない閉塞感・現代の若者の象徴、しかし同じ日などない。確かに感じられる物を信じて生きていこう、みたいな監督の考え方がある様ですが、それっぽいセリフも劇中でじんわりくるほどでもなかった。
そもそもラストにティーチャーに殺されてるのでなんとも言えず。
でも、色々あった最後に後ろ向きだった水素の態度が変わったので、あきらめずに少しづつでも変わっていくことが希望につながるっていうことを表現したかったんすかね。 わからんです。
僕の感受性がニブチンなだけなのかもしれませんし、評論家みたいな分析もできませんが、パンフの文章の方がよっぽど面白かったれす。(´∀`)
P.S.
そういえばWiiでこの映画のゲームがでるらしいですが、この空中戦はとても再現できんでしょうねー。(・∀・)
それっぽいゲームで終わりそう。
公開してすぐは混むだろうし、ちょっと時間あけていっかーなんて思ってる内にすっかり忘却の彼方へと消え去ってたところ、ポニョ観にいったので思い出した次第。
ていうかそこで今週で終わるってのを観て、あわてて観に行った次第。
というより、今週で終わるってわかっても、当初に感じてた情熱大陸も葉加瀬太郎もなくなってて、「どーっすっぺかなー」とすっかり倦怠感に支配されてたので、まぁとりあえずパンフレットだけでも買って読んでみっかと思ったら、パンフレットがかなり面白かったので「これは絶対観にいかねばならんとですよ、おっかさん」となったワケです。(・∀・)
で、子供のまま老化しない謎の存在キルドレ、恒久的平和の中でのショーとしての戦争、凄そうなレシプロ戦闘機同士の空中戦などをワクテカしながら観に行ったわけですが。
うーん、普通だなーと。
中だるみが激しいですね。 途中で寝そうになりました。(´∀`)
パンフでは「押井守監督作品の中で初めて寝ないで観れました!」とか感想で書いてたりしたのに反対になるとは。
キルドレ達の日常(娯楽にふけったり、ぼんやりしてたり)⇒ちょっと空を飛ぶシーン⇒また日常ってのが延々と中盤を支配していたのでワンパターンな感じがしてダルい。
横の席でポテトその他をむしゃむしゃ食べてらした方が、その辺りでスースー寝息を立ててたのは気のせいです。
しかし偏見でしょうけど、ご飯代わりになる様な物を食べながら映画を観るって、物食ってたら映像に集中してないだろうし、映像に集中してたら食い物の味なんてわからんだろうし、結局どっちつかずな感じがするのはどうなんでしょうね。
どーでもいい暇つぶし映画だったらアリかもしれませんが。
ちなみにポテトの君は、レシプロ機エンジンの爆音で目が覚め、ポテトを食す作業に戻られました。
それはともかく。
うむー、音響を考えての意図的なものらしいですが、全体的に同じカット内でキャラクターだけが動くシーンが多く、動作やセリフの間も長いので、画面が止まってる感じを受けて、それが静けさと退屈さを助長させる原因か。
事前にパンフレットを熟読してて、あのシーンのあれにはこういう意味が込められているっていうのをわかってて、ちょっと楽しめた僕でも退屈だったので、知らない人にはかなりのものだったんじゃないでしょうか。
この辺りが、押井監督が言う「毎日がループしている気がして生きている実感がない日常」みたいなものを表現しようとした結果であれば成功してますが、観ている方は眠いです。(´∀`)
あと、「繊細で深い男女の愛情を表現している」みたいな事をパンフに書かれてましたが、うーん、そこまでのものはないかなーって。
二人だけでだまって心を通わせてる様な静かな描写はあったものの、そんなに愛情うんぬんは感じなかったっす。
パンフに書かれていた様な抑えた情熱、自然と惹かれあう二人、みたいな描写が思ってたより薄かったからかな。('~')
つか、単純に二人の愛情表現薄くね? セリフは少ないけど、行間を読め的なものでしょうが、間をすっ飛ばして深い関係になってる気が。
しかし、映画始まってすぐの空中戦は、撃墜されて脱出するパイロットを撃ち殺したりとエグいし、途中の爆撃機をともなった大規模な作戦は見ごたえがあります。
地上のシーンと空中シーンでは質感がまったく別物だったり。 戦闘機の質感がかなりのもの。
戦闘機の微妙な動作や、計器類の動きにまでこだわってるそうです。
さらにポテト君を起こしたレシプロ機のエンジン音を映画館の音響で聞くと大迫力だし、音関係も、例えばワイングラスを机に置いた時にグラスを机に置いた音と、かすかにワイングラスが鳴る音がしたりとかなり細かいこだわりが見えます。
ただラストの空中戦はあっけなさすぎっすね。
ティーチャー機、最強すぎる。
転生しまくってんだったら、ティーチャー機を撃墜できる技術培っててもおかしくないのになー。
エンドロールの後に転生した主人公が配属されて、終わりのないストーリーっていう意味合いではあれでいいんでしょうけど、なんか微妙にスッキリしない。
もちっと戦闘シーンを引き延ばして、ボロボロになりながらも運命に立ち向かうっていう決意と悲壮感を見せても良かったのではと思うわけで。('~')
ショーとしての戦争が具体的にどうやって行われているのかとか、水素とティーチャーの関係とか、キルドレという存在とか、詳しい説明を意図的に外したのかもしれませんが、説明不足でそこんところもモヤモヤ。
映画はあくまで主人公と水素のストーリーなんで、そんな部分は小説読んでね!ってところか。
しかし逆にそういう背景描写が薄いから、主人公達の置かれている状況や悲哀がわかりにくいんじゃないかなぁと。
うーん、パンフレットでワクワクして観に行きましたが、実際の映像ではパンフで書かれている様なことはほとんど感じなかったですね。
そのイメージの落差がアレなんすかね。
ただぼんやりしている男がビジネスとしての戦争で空を飛び、それなりに複雑な人間関係で恋愛をしている、それなりに苦悩している、という感じを受けるだけで、押井守監督が伝えたいと思っていた「生きている意味、静かだけれど確かな真実の希望」っていう重く、深いメッセージは感じなかった。
キルドレ=生きる意味の感じられない閉塞感・現代の若者の象徴、しかし同じ日などない。確かに感じられる物を信じて生きていこう、みたいな監督の考え方がある様ですが、それっぽいセリフも劇中でじんわりくるほどでもなかった。
そもそもラストにティーチャーに殺されてるのでなんとも言えず。
でも、色々あった最後に後ろ向きだった水素の態度が変わったので、あきらめずに少しづつでも変わっていくことが希望につながるっていうことを表現したかったんすかね。 わからんです。
僕の感受性がニブチンなだけなのかもしれませんし、評論家みたいな分析もできませんが、パンフの文章の方がよっぽど面白かったれす。(´∀`)
P.S.
そういえばWiiでこの映画のゲームがでるらしいですが、この空中戦はとても再現できんでしょうねー。(・∀・)
それっぽいゲームで終わりそう。
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